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あらためて安倍治世の「大罪」を振り返るべく、本誌「ZAITEN」2020年8月号で展開した特集《さらば!安倍晋三――アッキーともども早く消えてくれ》の巻頭レポート〈安倍「最悪」政権7年半の大罪〉(ルポライター・古川琢也氏寄稿)の〈後編〉を〈前編〉〈中編〉に引き続き無料公開します。
*
税金私物化が当たり前―
学校法人森友学園に対し、財務省近畿財務局が2016年6月、大阪・豊中市の鑑定価格9億円あまりの国有地を8億円も値引きして売却したことに始まる「森友学園問題」。この問題が国会で追及される過程では、財務省が売却の経緯を記した決裁文書を改竄していたことが、18年3月2日に発覚した。
同7日には、近畿財務局の職員・赤木俊夫氏(当時54歳)が改竄を命じられたことを苦にし自ら命を絶っている。赤木氏が死ぬ間際に遺した手記の全文は、今年になり元NHK記者の相澤冬樹氏(現大阪日日新聞論説委員・記者)が遺族から入手し『週刊文春』(3月18日発売号)で公表。改竄を指示したのが佐川宣寿理財局長(当時)であることなどが、この手記の内容から明確になった。
だが安倍は、文春発売翌日の国会で「検察ですでに捜査を行い、結果が出ていると考えている。麻生太郎副総理兼財務相のもと、事実関係を徹底的に調査し明らかにした」と一蹴。財務大臣である麻生太郎も、記者会見で「新たな事実が判明したことはない。(改竄問題の)再調査を行うという考えはない」と突き放した。遺族はさる6月15日に再調査を求める35万筆あまりの署名を安倍宛に届けたが、安倍はそれにも同様の態度を決め込んでいる。手記をスクープした当人・相澤冬樹氏が言う。
「手記が出た後の政権側の反応で僕が最も興味を引かれたのは、『新事実はない』という麻生氏の発言。安倍さんの発言も意味としては同じでしょう。あの手記は佐川さんに限らず多くの固有名詞を挙げながら改竄の経緯を説明しており、国民やメディアからすれば、新事実だらけと言ってもいいくらいのものです。
にもかかわらず『新事実はない』というのは、要するに手記に書いてあるような事実を、彼らは財務省から報告を受けてとっくに知っていた、ということだと僕は受け止めています。だったら、財務省が18年6月に公表した固有名詞がほとんど書かれていない報告書とは別に、首相や財務大臣に報告するためのもうひとつの報告書があるはず。それは赤木さんの手記以上に詳細なはずですから、ぜひ公開して欲しいですね」
安倍政権の無情な切り捨て
亡くなった赤木氏はもともと旧国鉄の職員であり、1987年の国鉄分割民営化の際に中国財務局に採用され財務省職員となった。そのため、財務省には恩義を感じていたと同時に、通常の職員以上に上からの命令を拒みにくい立場であったとも言われる。赤木氏と同じノンキャリア組であった、元経産省職員の飯塚盛康氏が言う。
「赤木さんを自殺に追い込んだ決裁文書改竄のきっかけが、安倍首相による、『私や妻が関係しているということになれば、総理大臣も国会議員も辞める』という17年2月17日の国会答弁にあることは間違いなく、赤木さんの死に関する責任が安倍夫妻にはあります。それにもかかわらず、安倍さんは他人事のような態度に終始し、昭恵夫人に至っては赤木さんの自殺が報じられた18年3月9日当日の夜に、芸能人らと一緒にパーティに参加している。亡くなった赤木さんの無念を思うと、怒り以上のものを感じます」
森友学園問題で明らかになった安倍の税金私物化は、安倍が「腹心の友」である加計孝太郎が理事長を務める学校法人に獣医学部を開設させるために国家戦略特区制度を悪用した疑いが持たれている「加計学園問題」、そして地元選挙区の支援者を税金を使って接待した「桜を見る会」へも続いている。このうち安倍の後援会が18年4月の「桜を見る会」前夜にホテルニューオータニで開催した夕食会については、総勢662人の法律家が今年5月21日、公職選挙法と政治資金規正法に違反した疑いで、安倍とその後援会幹部2人の計3人を東京地検に告発した。
夕食会に参加した約800人分の参加費計約400万円の収支を政治資金収支報告書に記載しなかったことが政治資金規正法に違反しているほか、最低でも1人1万1000円以上かかる飲食費に対して安倍事務所が参加費を5000円ずつしか取っておらず、差額分を負担したのは公職選挙法が禁じる選挙区内での寄付行為にあたるというものだ。
5000円では絶対無理
このうち政治資金規正法違反について安倍側が主張しているのは、「ホテルとの契約主体は個々の参加者であって『後援会としての収支」は一切ない』というもの。だが、告発の呼びかけ人の一人である泉澤章弁護士はこの言い分を一笑に付す。
「常識的にも法律的にもありえません。そもそもこの夕食会の案内状は安倍事務所から出されていますし、ホテル側から見ても安倍事務所が契約相手でなければ、仮に予定人数通り集まらなかった場合のリスクは誰が負ってくれるのか、という問題が発生する。こういう、たとえば会社の忘年会などを申し込んだ場合に人数が揃わなかったり、キャンセルになった場合に店に補償する責任は申込者、つまり幹事なり会社が負わなければいけないということは、過去の判例でもはっきりしています」
一方の寄付行為に関しては、ニューオータニが「1人1万1000円以下では受けていない」と早くからメディアに答えているにもかかわらず、安倍は5000円という値段は「ホテル側が設定した」と主張。「唐揚げを増やすなど(安くする)やり方はある」という官邸幹部の言い訳もあった。
「私たちは告発にあたり、安倍後援会主催の夕食会と同じくニューオータニで開かれ、参加人数もほぼ同じの800人だった集会の明細書を証拠提出しています。そちらの費用は1人あたり大体1万5000~1万6000円で、飲み物だけで1人4000円かかる計算。ビュッフェ形式にして料理の提供量を抑えたとしても飲み物代だけはやはり人数分かかるのです。ニューオータニが言うとおり、どう安く見積もっても1人1万円以下で開けるようなものではありませんし、5000円では会場費さえ賄えないでしょう。
これだけかかるサービスの代金を、仮に安倍首相が言うようにホテル側に安く提供させたのであれば、安倍事務所はホテルに負けさせた分を参加者に還元したという意味で、やはり寄付に当たると考えられます」(同)
告発が受理され、安倍が法の裁きを受けるかどうかは、まずは東京地検の見識に委ねられている。検察が政権の番犬ではないことを、今度こそ示してくれるのだろうか。
安倍政権の「メディアコントロール」
かくも重大な失政を重ねた安倍が7年も総理を続けてしまったのは、端的には支持率が落ちなかったからだ。森友・加計学園問題が取り沙汰された2018年春にはさすがにメディア各社の世論調査の数字も30%台まで下がったが、それさえもすぐに忘れられ5割近くまで盛り返した。ひと昔前の首相であれば命取りになるようなスキャンダルがいくつもありながら、世論はなぜ安倍だけは許してしまうのだろうか。
その理由を考える上でマスメディアの責任が大きいと語るのは、前出の古賀茂明氏だ。
「『森友・加計学園問題』にしても『桜を見る会』にしても、これらが他の政権で起きていたらマスコミはもっと大騒ぎし、世論が見放して自民党の内部からも首相を降ろす動きが起きたはずです。起きないのは政権側がメディア各社のトップを押さえているから。特にテレビ局の幹部クラスには、総理とお友達になれることに虚栄心をくすぐられるタイプの人が多く、首相から携帯に着信があると、わざわざ部下に聞こえるような声で『安倍さんから電話だ』と言いながら席を外すような人も実際にいるのです。政権に睨まれても権力監視の役割に徹しようと考える記者はどこの社にもいますが、彼らだって所詮サラリーマンですから、上が政権に手懐けられた状況で抵抗し続けることはできません。さらに、メディアの半分が政権擁護の立場を取っている影響も大きい。どんなスキャンダルが出ても、半数のメディアは批判を抑えるので世論が割れてしまい、政権支持率が急落することにはなりにくいからです」
無恥に無恥が群がる
一方で、現在のメディア業界は、「社内ヒエラルキーへの遠慮」という消極的理由から安倍批判を避けているどころか、むしろ嬉々として安倍の幇間を務める、田崎史郎(時事通信特別解説委員)や阿比留瑠比(産経新聞社政治部編集委員)、山口敬之(元TBS記者)のような人物で溢れてもいる。
そうした、安倍との距離の近さを誇示し合う記者の代表格に、NHK政治部記者の岩田明子がいる。安倍が五輪開催1年延期を決定した翌日の3月25日のNHKニュースでも岩田が出演し、「安倍首相はトランプ大統領から1000%の支持を得た」という公共放送とは思えない解説まで行った。
17年のノンフィクション『安倍三代』で、安倍の成蹊大学時代の恩師である加藤節氏(政治学者・成蹊大名誉教授)に取材し、「安倍首相には、ignorant(無知)とshameless(無恥)という『2つのムチ』がある」との言葉を引き出したジャーナリストの青木理氏は、安倍政権下のメディア状況をこう分析する。
「加藤節さんが言うように、安倍政権は本質的に恥というものを知らない政権。しかしそれゆえに同じように恥を知らないメディア人を吸い寄せる力があります。
昔も政権との関係の中で『御用』的に振る舞うメディア人がいなかったわけではありませんが、そうはいっても彼らは、政権のタガが外れそうになったら一石を投じるくらいの矜持は持っていた。自分が書いたものや喋ったことについて、後の世でどう思われるか、歴史の中でどう位置づけられるかなどを判断し、一線を越えた言動は恥ずかしいと思う気持ちが彼らにあったのではないでしょうか。しかし、いま安倍政権の応援団同様に振る舞っているメディア人たちには、そうした恥の意識や自分を客観視する能力があるようには感じられません。
皮肉を込めて言うのですが、私は安倍政権の唯一の、しかも過去のどの政権もなしえなかった凄みは、『政権が何をしようと関係なく、妄信的についていく』支持層が一定数いることだと思っています。そういう、もはや『信者』と呼ぶしかない人たちがメディアの中にもいて、どこまで意識的なのかはともかく、恥知らず同士で結びついている。それがこの政権の独特の〝強み〟です」
繰り返された「刷り込み」
対メディアとの関係という点では、安倍ほどテレビ、そして芸能人を利用してきた首相はいない。
就任1年目の13年5月には、元プロ野球選手の長嶋茂雄と松井秀喜への国民栄誉賞授賞式を東京ドームで行い、安倍本人はそこに背番号「96」のユニフォームを着て登場した。理由を聞かれ安倍は「96代目の首相だから」と答えたたが、安倍はこの頃、持論である憲法9条の改訂を目指し、まず憲法の改正手続きについて定めた96条を改訂する案を盛んに唱えてもいた。
その後、14年3月には現役の総理として初めて『笑っていいとも』(フジ)に出演したのを手始めにバラエティ番組への接触を重ねていく。17年12月には、お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志以下、フジの情報番組『ワイドナショー』の出演者たちと東京・四谷の焼肉店で会食。それが功を奏したのか、同番組では政権が森友学園問題に揺れていた18年3月の放送でタレントたちが露骨な安倍擁護を展開した。
19年5月10日には、アイドルグループ「TOKIO」のメンバー4人をピザ店に招待し、その模様を首相官邸や安倍個人のSNSに投稿。同22日には俳優の大泉洋と高畑充希を首相公邸に招いて会食し、やはりSNSに投稿したほか、統一地方選挙前の19年4月20日には吉本新喜劇への飛び入り出演まで行っている。「桜を見る会」に毎年大量の芸能人を招待してきたのも、支持者を人気者に会わせ饗応するだけの目的でやったことではないだろう。
こうした安倍特有のイメージ戦略について、フリーライターの武田砂鉄氏は次のように言う。
「政治的な失敗をパフォーマンスで取り戻そうとする安倍政権の常套手段は、今回のコロナ対策でも、航空自衛隊のブルーインパルスを『医療従事者への感謝』という名目で飛行させたことをはじめ何度か見られました。
歌手の星野源とのコラボ動画は結果を見れば大失敗でしたが、あれを首相の取り巻きが見て『使える』と思ったこと自体が非常に安倍政権的です。とにかく目立つことによって、『この国を動かしてくれているのは安倍さんだ』『安倍さんはいい人だ』というイメージの刷り込みさえできればいいと思っている。その刷り込みが続いた結果、国民は野党が安倍政権に対して行うまっとうな追及さえ、『野党は文句ばかり言っている』『安倍さんの足を引っ張っている』という図式で見るようになってしまった」
ある意味で安倍は、平成末期という軽薄な時代になるべくしてなった首相だった。だがそんな時代こそを、もう終わりにしなければいけないのだ。
(敬称略、肩書等は掲載当時のまま)
【さらば!安倍晋三&アッキー「最悪政権の大罪」(前編)】はこちら↓↓↓
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勇ましいのはポーズばかり―「連戦連敗」の安倍外交
自民党が昨年夏の参議院選挙に向けて発表した「政策パンフレット」の1頁目には、「世界の真ん中で力強い日本外交」というフレーズのもと、まるで安倍が世界のリーダーでもあるかのように振る舞う写真が並んでいる。安倍の取り巻きの自民党議員たちも、「外交の安倍」なるイメージを盛んに振りまいてきた。
そもそも安倍は、2012年の自民党総裁選と参院選で、「日本を、取り戻す」というスローガンを掲げて首相の座に返り咲いた。素直に解釈すれば、取り戻すべき「日本」とは北方領土、そして北朝鮮による拉致被害者のことになるだろう。だが、元北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)事務局長である蓮池透氏は、安倍がこれまで行ってきた拉致問題への取り組みは「ポーズだけ」で、「一言で言えばやる気がない」と批判する。
「たとえば、14年5月の『ストックホルム合意』。この合意では日本が制裁を一部解除するのと引き換えに、北朝鮮が『特別調査委員会』を設置して、拉致被害者を含む日本人行方不明者の調査等を行うと約束しました。ただこの合意自体は08年の福田康夫政権の末期にまとまりかけていたことで、言ってみれば6年前に戻っただけ。しかも安倍さんは08年当時、私たちに向かって『再調査なんて意味がない』と批判さえしていた。それをストックホルム合意が決まった時は官邸でぶら下がり会見を開き、『大きな前進をした』と自画自賛したのです」
もっともその〝前進〟は2年も持たなかった。16年2月に北朝鮮が核実験と弾道ミサイルの発射を実施したことで日本が対北制裁再開を決定。これに対して北朝鮮側も、調査の中止と特別調査委員会の解体で応じたからだ。18年以降は韓国の文在寅や米トランプが対北外交で一定の成果を上げるのをよそに日本は「蚊帳の外」に置かれ続けた。
北方領土返還交渉も後退
6月5日には家族会の代表を長く務めた横田滋氏の逝去が報じられた。蓮池氏は、その日の夜に安倍が開いた会見の様子をテレビで見ていたという。
「『断腸の思い』と言っていましたが、あれも散々聞いた言葉です。今さら切る腸がまだあなたにあるんですか? と言いたくなりました」
安倍は、北方領土の返還交渉も政権の最重要課題と掲げてきた。16年5月には欧米からの経済制裁に悩むロシアに対し、エネルギー開発や医療分野などで日本が官民挙げて協力する3000億円強の経済協力案を提示。同年12月にプーチンを長門市に招いて行われた日露首脳会談では、1956年の日ソ共同宣言を土台に平和条約交渉を加速させることでプーチンと合意した。平和条約の締結後に歯舞、色丹2島を引き渡すと定めた共同宣言を根拠にまず2島の返還を確実にし、しかるのちに択捉、国後での主権行使も前進させようという狙いだった。
だが、その結果は無残だった。19年6月22日には、プーチンがロシア国営テレビに出演し、北方領土でロシア国旗を降ろす「計画はない」と断言。今年1月24日には、昨年9月まで国家安全保障局長を務めた元外務事務次官の谷内正太郎が、民放のBS番組で、ロシアとの北方領土返還交渉は全く進展がないと認める一幕もあった。
3000億円もの税金を差し出しながら、むしろ交渉を後退させてしまったのはなぜか。民族派団体「一水会」代表の木村三浩氏が解説する。
「北方領土返還に関してプーチン大統領が16年から一貫して言っていることは、『日露両国の間にある認識のズレについて認識してくれ』ということです。日本の外務省は『ソ連は戦後のドサクサに紛れて4島を不法占拠した』という立場ですが、ロシアからすれば第2次世界大戦の結果を受けて合法的に取得したという立場。まずその経緯を日本側が認めないことには交渉のテーブルに着かない、という姿勢を、プーチン大統領は最初から変えていないのです」
この問題に絡んで、北海道新聞が17年12月30日に興味深い記事を掲載している。これによると、ソ連兵が1945年8月28日から9月5日にかけて択捉、国後、色丹、歯舞に攻め込み占領した作戦に、米国が艦船10隻を貸与していたことが判明。さらに作戦実行3カ月前の45年5月には、米軍がソ連兵1万2000人をアラスカ州の基地に集め、ソ連兵が艦船やレーダーに習熟するための訓練に連合国軍事として全面協力していたというのだ。大スクープと言えるこの記事を、なぜか全国紙は後追いしなかった。
「アメリカが今もロシアが4島を不法占拠しているとは言わないのは、こうした歴史的経緯、つまりアメリカとソ連の2大国が戦後秩序の枠組みの中で、ソ連による4島占領を認め、協力さえした事実があるからです。そうした歴史的事実を認識することから出発しなければ、北方領土の話し合いなんてできませんし、経済協力だ、2島先行返還だといった小手先の議論も意味をなしません。だから、プーチン大統領に『2島を引き渡した場合、そこに日米安全保障条約は適用されるのか?』と皮肉を言われて揺さぶられる。安倍首相とプーチン大統領の個人的関係で解決できるようなレベルの問題ではないのです」(木村氏)
そのプーチンとの個人的関係にしても怪しいところがある。19年9月5日にウラジオストクで開かれた東方経済フォーラムで、安倍はプーチンをファーストネームで呼び親密感を演出した。オバマを「バラク」、トランプを「ドナルド」と呼んだのと同じように、「ウラジーミル。君と僕は、同じ未来を見ている」「ゴールまで、ウラジーミル、駆けて駆けて駆け抜けようではありませんか」と呼びかけたのだ。
これについて、元公安調査庁の職員でロシア語にも通じる西道弘氏が言う。
「ロシア社会では他人を公の場で、ファーストネームをそのまま呼ぶのは重大なマナー違反に当たります。敬意を込めて呼ぶなら、ファーストネームに彼の父称(父親の名前に由来する呼び名)をつけて、『ヴラジーミル・ヴラジーミロヴィッチ』と呼ぶのが普通。親近感を込めたいのであればウラジーミルではなく短縮形(愛称)の『ヴォロージャ』と呼ぶべきでしょう。ただこれも本当の親友同士でないならするべきではありません。外務省のロシアスクールがその程度のことを知らないはずはありませんが、にもかかわらずあんなスピーチをしてしまったのは、安倍首相が専門家の知見を軽視し、今井尚哉首相秘書官らお気に入りの官邸官僚の言うことばかり聞いててきたことの弊害でしょう。専門家たちも、どうせ耳を貸さないのに助言しても馬鹿らしいという気分なのでは」
安倍の自己演出に、ひたすら振り回された7年だった。(敬称略、肩書等は掲載当時のまま)
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8月28日の突然の辞任会見から1週間あまり。持病の悪化を理由に辞任を表明した安倍晋三首相は、「国民の皆さまの負託に自信を持って応えられる状態ではなくなった以上、総理大臣の地位にあり続けるべきではない」などと神妙に語ったが、戦後最長を記録した安倍治世が国民の負託に応えてきたかといえば、はっきり「NO」と断じざるを得ない。
あらためて安倍治世の「大罪」を振り返るべく、本誌「ZAITEN」2020年8月号で展開した特集《さらば!安倍晋三――アッキーともども早く消えてくれ》の巻頭レポート〈安倍「最悪」政権7年半の大罪〉(ルポライター・古川琢也氏寄稿)の前編を無料公開します。
2019年5月のトランプ米大統領来日時の安倍首相Twitterより
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総額260億円をかけながら、配布される頃には存在意義を失っていた「アベノマスク」をはじめ、安倍政権が新型コロナへの対応で晒した数々の失態は、この政権がもともと持っていた無能さを一般国民にも知らしめた。
コロナ禍で苦境にある自営業者を支えるはずの「持続化給付金」にしても、総額769億円に上る事業が経産省から「サービスデザイン推進協議会」(サ推協)なる社団法人に丸投げされ、さらに「97%」という再委託率で電通が孫請けした経緯が批判を浴びている。政権は例のごとく「委託はルールに則って行われた」と開き直るが、経産省OBの飯塚盛康氏は、この契約が異常である理由を次のように説明する。
「経産省には、委託事業で再委託率が50%を超える下請けを禁じる内規が少なくとも2017年頃までありましたが、仮に丸投げはOKとしてもこの契約はおかしい。なぜならこの事業で実際に給付を行うにあたっては、梶山弘志経産大臣も国会で答弁したように電通が750億円近い費用を立て替えているからです。
それはそうでしょう。こうした事業を国が民間委託する場合、国が費用を前渡しすることはありません。ただ、国が一次契約を結んだ相手はあくまでサ推協です。つまり国は、入札資格Cランクの、従業員が21人しかいない組織に750億円もの費用を立て替えられると思っていたのか? という話になってしまう。
サ推協は、16年5月に電通、パソナなどが共同で設立しています。16年といえば、電通が前年12月に発生した社員の過労死問題で大バッシングされ、労基法違反容疑で家宅捜索までされた年。サ推協は電通が、自社が政府の入札から事実上締め出されることを見越した上で、公共事業をトンネルさせるために作った可能性が高いと私は見ています」
そもそも持続化給付金がこれほど大きな騒ぎになったのも、元はと言えば、給付金の支給が遅れに遅れたことが発端だった。生活困窮者の支援を行うNPO「ほっとプラス」の理事を務めている藤田孝典氏が言う。
「持続化給付金も、10万円の一律給付にしても6月に入ってようやく支給が始まったようなものですが、新型コロナの感染が広がってからすでに4カ月近くが経っており、すでに非正規雇用者を中心に多くの失業者が生まれ、自営業者たちも事業の閉鎖に追い込まれています。安倍政権は『スピード感』という言葉を好んで使いますが、今回のような緊急事態が起きて、あらためて内実の伴わない政権という印象を持っています」
あまりの問題の多さから、野党は「新型コロナ対策を監視する必要がある」として国会の会期延長を求めた。だが与党は応じず、6月17日の会期末で予定通りに閉会した。
東京電力株主代表訴訟の事務局長である木村結氏は、ここに安倍政権の不実な体質が露呈しているという。
「東日本大震災(3・11)は11年1月24日に招集された通常国会の会期中に発生しましたが、当時の民主党政権は当初の会期末だった6月22日から70日間も会期を延長、さらに10月20日には臨時国会を招集し12月9日まで開催し、野党との国会論戦に応じました。翌12年も1月24日に通常国会を招集して会期を79日延長、臨時国会も開いています。トータルすると、3・11から数えて野田佳彦首相(当時)が衆院を解散するまでの614日中、77%に当たる472日は国会を開いています。少なくとも大災害時に国民に向き合おうとする姿勢に関しては、民主党政権と安倍政権はずいぶん違います」
それでも政権側は新型コロナ感染の抑え込みには「成功した」と胸を張るが本当なのか。皮膚科医で、感染症の問題にも詳しい帝京大学名誉教授の渡辺晋一氏が言う。
「日本も含むアジアの場合、欧米よりも感染率が低いのですが、日本の場合、PCR検査の実施数そのものが少ないので感染者の数が少なく出るのは当然。新型コロナによる死者が6月16日現在で927人という数字だって本当かどうかは分かりません。実際に新型コロナで死亡した力士は政府の統計には含まれていませんでした」
安倍政権は、WHO(世界保健機関)が感染拡大防止のため幅広く実施するよう求めるPCR検査を忌避してきた。5月2日時点での各国のPCR検査数(人口1000人あたり)を比較すると、イタリア34・88件、スペイン28・9件、米国20・59件、韓国12・31件に対し、日本はわずか1・45件。先進国中最低クラスの検査しかしていなければ、感染者数がデータ上少ないのは当然である。
その意味で注目すべきは、欧米各国では新型コロナの流行規模を把握するための真の指標と認知されつつある「超過死亡者数」だ。東京都が6月11日に発表したデータによると、都の4月の死者数は1万107人で、過去4年間の同月の平均死者数(9052人)を12%上回っていた。東京都の、4月の新型コロナ感染による死者数は公式には104人だが、実際はその10倍近い1000人近くが新型コロナで亡くなっていた可能性がある。
「感染症対策の手順は1に感染者の発見、2に隔離、3に治療。そんなことは世界の常識です。現政権がその常識に逆らい、患者数が少ない時期にしか意味のないクラスター対策に固執したのは本当に不可解。保健所が人手不足だから十分な検査ができなかったかのように言う人もいますが、保健所に頼らずともPCR検査を請け負える民間の検査会社はたくさんありますし、たとえ民間の検査会社がだめでも、PCR検査機器のない医学・薬学系の大学院など今どきありません。検査の手技だって、1カ月ほど訓練すれば大学院の学生にもできる程度のものです」(同)
そうまで聞けば、安倍政権が検査数を絞り込んだのは、東京五輪を来年、確実に開催するために感染者数を低く見せたかったからだ、との説が真実味を帯びてくる。
「ほとんどの医師は、常識的に考えれば来年に五輪をやるのは無理だと思っていますよ。安倍首相はワクチンが開発されるので開催できるかのように言っていますが、治験が済めば使用できる治療薬と違い、ワクチンの場合は開発されても、有効性と安全性が確認できるまでには通常数年かかるからです。仮に1年後、国が『安全なワクチンができた』と発表しても、私は恐くて打てません」(同)
もはや実現可能性はなくなった五輪。この開催に固執する安倍がトップに居続ける限り、日本のさらなる沈没は避けようもない。
アベノミクス「嘘八百」の深すぎる傷跡
内閣支持率の支持の内訳を見れば、「他の内閣より良さそう」という消極的な支持理由が常にトップにある安倍政権。そうした巷の人々の思い込みの背後に、「アベノミクス」なる経済政策への漠然とした信頼があることは間違いないだろう。
安倍肝いりの人事で2013年3月に日本銀行総裁に就任した黒田東彦は、同年4月より日銀が市場に直接供給する資金(マネタリーベース)を年間60兆~70兆円のペースで増加させる「異次元の金融緩和」を開始。20年5月末にはマネタリーベース残高は史上空前の543兆円に到達した。
円が市中に大量に出回ったことで円安が進行し、異次元緩和前に1ドル=95円程度だった円ドル相場は15年には125円台になった。これにより、輸出に依存している国内企業の収益は大きく上向いたとされている。
さらに第2次安倍政権発足前日の12年12月25日には1万80円だった日経平均株価が、18年10月には2万4270円の高値を記録したほか、名目GDP(国内総生産)は495・0兆円(12年)から553・7兆円(19年)へと増大。19年1月には、安倍政権下での景気拡大が「いざなみ景気」(02年2月~08年2月まで)の73カ月間を超え、戦後最長となったと発表されるに至った。
こうしたアベノミクスの〝成果〟が華々しく宣伝されるたびに、多くの国民は「アベノミクスはうまく行っているらしい」と刷り込まれてきた。だが『アベノミクスによろしく』『国家の統計破壊』(ともに集英社インターナショナル)などの著者である弁護士の明石順平氏は、これらの指標が欺瞞に満ちていると批判する。
「安倍政権下での消費低迷は本当に悲惨です。特に日本の実質GDP(名目GDPから物価の変動による影響を差し引いた数値)の6割を占める『民間最終消費支出』(国内の民間支出の合計)の実質値は、これが伸びないと経済成長できない重要な指標であるにもかかわらず14年度にはリーマンショック時(08年度)を超える下落率を記録。15、16年度も下がり戦後初めて3年連続下落しました。19年度にようやく13年度の水準を僅かに上回りましたが、要はアベノミクスが始まった13年度からの5年もの間、消費が全く伸びていなかったということです。内閣府は16年12月にGDPの算出方法を変更していますが、この時、国際的なGDP算出基準に合わせるとともに、それと全く関係ない『その他』という項目でアベノミクス以降のGDPを嵩上げしています」
明石氏によれば、消費が伸びないのは異次元緩和による円安インフレに消費増税の影響も加わり、国民の実質賃金(物価上昇率を加味した賃金)が下がり続けているからに他ならない。にもかかわらず、大手メディアは18年8月、厚生労働省が公表した同年6月の「毎月勤労統計」速報値をもとに名目賃金が前年比3・6%も伸びたと報じたが、これは後日発覚したように、同統計の18年1月以降の数値を不正に操作して出した嵩上げ値だった。
「実質賃金の大きな下落は、〝戦後最悪の消費停滞〟を引き起こしています。春闘のアンケートの対象でもない、大多数の国民に景気回復の実感がないのは当たり前です」(同)
「成長戦略」の真実
消費がこれほど低迷しているにもかかわらず、日経平均が2万2000円台を維持しているのは、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が年金基金を日本株の購入に大量投入しているほか、日銀が上場投資信託(ETF)を通じて日本株を年間約6兆円分も購入することで買い支えているからだ。
アベノミクスでは「第1の矢」である異次元緩和でデフレマインドを払拭し、次ぐ「第2の矢」の財政政策で需要を喚起、最後に放たれる「第3の矢=民間投資を喚起する成長戦略」こそがアベノミクスの本丸であり、持続的な経済成長を実現すると謳ってきた。
だが、経済産業省出身で政治経済評論家の古賀茂明氏は、アベノミクスの成長戦略はどれも失敗だったと切り捨てる。
「安倍政権が13年4月に発表した成長戦略の第1弾はそのあまりの内容の無さゆえに翌日の日経平均が暴落するほどでしたが、その失敗後に政権側が鳴り物入りで推し進めたのが原発と武器の輸出。もともと倫理的に問題があるこの2つが、どこの国からも相手にされていないのは不幸中の幸いです。今のところ唯一失敗せずに残っているのはカジノですが、基本的にカジノという産業はギャンブルで負けた人がいなければ成立しない。実現したとしても、国民を不幸にこそすれ、豊かにはしません」
新しい産業がなかなか育たない反面、かつて日本経済を支えていた製造業が急速に没落し、他国にシェアを奪われていく光景も安倍政権下では何度も見られた。
「80年代には世界市場の過半を占めた日本の半導体は今や世界シェア6%まで落ちてしまいましたし、半導体の製造に欠かせない半導体露光機(ステッパー)の分野でも、かつて世界トップだったキヤノンやニコンが最新鋭機でオランダのASMLに敗れ開発を断念しました。日本で売られているテレビの画面は今や全て韓国製。シャープは台湾企業傘下に入り他社は液晶パネル事業から撤退した一方、液晶に代わる存在である有機ELは日本ではまだほとんど作られていません」
だが安倍政権の何にも勝る失敗は、日本が生き残るための「将来の芽」までも摘んでしまったことだと古賀氏は言う。
「この7年の間に、日本の経済的な地位が急激に低下してしまったことを多くの指標が示しています。たとえば、世界銀行が毎年発表している『ビジネス環境ランキング』。このランキングは起業のしやすさに直結するとして安倍政権も20年までに『先進国(OECD加盟国)中3位以内を目指す』と謳い上げたものですが、毎年順位は下落し、最新20年版で日本は29位。香港(2位)韓国(5位)台湾(15位)にはるか及ばず、ロシア(28位)よりも下です。
将来を担う優秀な学生もどんどん出にくくなっています。イギリス・タイムズの教育誌『THE』の『アジア大学ランキング』2020年版(6月3日発表)では、1,2位を中国(清華大学と北京大学)が占め、ベスト20に入った校数は中国7、韓国5、香港4。日本は2校(7位東大、12位京大)でシンガポールと同じですが、ランクインした東大、京大ともに同国の大学より下という悲しい状況です。日本の大学が世界的にあまり評価されていないのは昔からでしたが、もはやアジアの中でも高いとは言えないのです」
安倍が日本経済に残した深すぎる傷跡は、安倍本人が退陣しても容易に埋められるものではない。(敬称略、肩書等は掲載当時のまま)