2021年07月号

私が考える「言論の自由と名誉毀損訴訟」

全文掲載【佐藤優vs.佐高信「名誉毀損バトル」】森達也「今からでも『論戦』しましょうよ」

カテゴリ:事件・社会

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森達也氏(撮影・編集部)

過去に共著もある佐藤優氏が佐高信氏を提訴した今回の騒動。言論人による、言論人への提訴は、同じく言論を生業にする者の目からはどう見えているのか。両氏のこともよく知る有識者に忌憚のない意見を聞いた――。

 本件に関しては「なぜ言論で反論しないのか」という論旨を皆が口にするでしょうし、結局それに尽きる気がします。なので、時間を巻き戻して、僕が佐藤優さんと出会った前後の話をします。


 佐藤さんは外務省時代の2002年、鈴木宗男事件に関連して逮捕されました。僕には今でも鮮明に覚えている光景があります。テレビの映像で、佐藤さんの周りにメディアが群がり、いかにも逮捕間近のように映している。だが、彼は唇を噛み締めて、じっと前を向き、歩き続けている――。


 当時、メディアは「鈴木宗男の悪の腹心」「外務省のラスプーチン」という論調一色でした。でも、なぜか僕は「この人は、つまらない悪事を働くような人じゃない」と直感した。彼の表情から、強い決意のようなものを感じて、そのことをウェブで書き、03年刊行のエッセイ集に収録しました。


 たぶん、佐藤さんはその本を読んでくれたのでしょう。当時、その視点で言及した人は僕ぐらいしかいなかったのかもしれない。出所後、共通の知人から「佐藤が会いたがっている」と連絡が来て、それが、彼と僕との出会いでした。


 その後、周知のように佐藤さんは作家として旺盛に執筆を重ね、現在のポジションを築き上げました。感嘆しかありません。今でも、あの時の表情から得た印象は、少しも変わってはいません。


 ただ、今回、佐高さんの本に対して、名誉毀損で提訴したのは、あきらかに最初の一手として間違えています。たしかに「過剰」な時もあるかもしれないけれど、それは辛辣な言い回しによって焦点化する佐高信の手法。さて、これに佐藤優がどう応じるのか、と思っていたら、いきなり裁判。論戦をしないという選択は、非常にもったいないことだと思います。


 論争は大切です。例えば菊池寛と里見弴。小林秀雄と正宗白鳥。サルトルとカミュ。異なる立場や思想が対峙することで新たな視点が生まれる。ドキュメンタリーの世界でも、演出家・亀井文夫さんとカメラマン・三木茂さんの「ルーペ論争」が有名です。一方的に主張を垂れ流すのではなく、時には衝突し摩擦を起こすことで高次へと昇華される。言論のフィールドで論戦は欠かせない要素です。


 ところが、法廷という場は言論は極めて浅いレベルで、ペナルティを争うに過ぎません。両氏にとって、何一つ良いことはない。ましてビッグな二人だから、日本社会の言論全体を萎縮させるといった悪影響が出る可能性がある。仮に、逆に佐高さんが佐藤さんを訴えたと聞いたとしても、僕はやっぱり同じように「もったいない」と言います。「知の巨人」と言われるようになって、たとえば講演で事実誤認の発言をしても、誰も指摘しなくなった。結果的に、佐藤さんも自分自身をスポイルしている部分があるんじゃないか。


 今からでも訴訟を取り下げて、論戦しましょうよ。せっかく、佐藤優と戦おうという相手が出てきたんだから。これまでと違う位相に行けるチャンスを、潰すことはないでしょう。

映画監督 森 達也■
もり・たつや―1956年生まれ。映画監督、作家、明治大学特任教授。テレビ番組制作会社を経て独立。作品に、オウム真理教を描いたドキュメンタリー映画『A』など。

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