ZAITEN2022年3月号

宏池会内閣を認めない右派界隈

古谷経衡 岸田文雄を〝呪詛〟するネトウヨ文化人

カテゴリ:政治・国際

安倍晋三_サイト300pixel.jpg安倍晋三(写真は公式HPより)

 衆院選が終わり、第2次岸田文雄政権が発足して年が改まっても、ネット右翼(ネトウヨ)界隈には大きな恨み節が滞留している。維新の会が席巻した大阪で、大阪第14区(八尾、柏原、羽曳野、藤井寺)を地盤とする長尾敬が落選し、比例復活も果たせなかったことから、SNS上には「#長尾敬を国政に復帰させよう」というハッシュタグが定期的に乱舞しているのだ。長尾は旧民主党出身の当選3回。民主党が下野した2012年の総選挙で落選した後、民主党から自民党に転向し14年に再選した。党籍移動の間、主張を180度転換して民主党の良心的保守派から過激な右派論客に脱皮。浪人中は「日本文化チャンネル桜」の人脈に接近し、「その筋」の人々から喝采を浴びた。再選後の長尾の活動はかまびすしく、性的暴行事件に関してジャーナリストの伊藤詩織さん誹謗中傷事件が起こると、その首魁であった漫画家のはすみとしこ(賠償命令確定)らと同席して、伊藤さんに対し、セカンドレイプとも取られる嬌声をあげる宴会番組に出席していた過去を持つ。大阪で維新が躍進した事の〝正の副作用〟により、長尾は再び浪人となったわけだ。
 一方、同じく旧民主党から自民に転向した長島昭久も東京18区で菅直人の強力な地盤に阻まれたが比例復活して、武蔵野市住民投票条例を「地方が乗っ取られる」等の頓狂な理由をつけて反対する運動の陣頭指揮を執って街宣を繰り返した。転向組の中でも明暗が分かれた格好である。長尾の復帰運動はしばらく続くだろう。

ネトウヨに忖度する右派論客

 さて、第2次岸田政権へのネトウヨ界隈からの支持も、昨年末位からいよいよ離反が鮮明となっている。総裁選で岸田が選出された際、決選投票に進めなかった高市早苗の処遇が注目されたが、政調会長に収まったことで不満が鬱積した。ネトウヨとしては高市が官房長官か、悪くて幹事長にならなくてはいけない。すでに高市は安倍政権下で政調会長を経験しているから、政調会長再任は事実上の「冷遇人事」と映った。政調会長は党の要職であるから冷遇などでは決してないのだが。極めつけは衆院選後の第2次改造で、外務大臣であった茂木敏充を幹事長にスライドさせ、新たに林芳正を外相に任命したことだ。これがネトウヨから大きな顰蹙を買った。幹事長になるべきなのは高市で、或いは重要閣僚である外務大臣にスライドさせるべきなのは林ではなく高市であるといった見方が強く、この改造人事に失望した。
 ご承知のとおり、林は山口3区選出で圧勝、隣接する山口4区の安倍晋三とは宿敵である。よって林外相就任は、安倍や清和会、ひいては高市への「あてつけ」だとみなした。林は参議院から衆議院に鞍替えし「次期首相を目指す」と公言しており、現在では「ポスト岸田」の最有力候補とみなされている。とりわけ林は宏池会のナンバー2とされ、政治的姿勢も高市と真反対の穏健保守だ。

 オミクロン株の大流行が始まる前、林外相中国訪問の報道が出ると、ネトウヨによる岸田への呪詛は決定的となった。最早、林は彼らから「はやし」ではなく「リン」と中国風のニックネームをつけられている惨状である。このころから中央の右派論客も岸田批判の大合唱を一斉に行いだした。
 ことに今年開催予定の北京五輪に関連する、対中批判の消極姿勢。直近では佐渡金山の世界遺産登録を韓国側抗議で見送った例等を挙げ、岸田は「親中・親韓」傾向が強いと口を顔にして叫びだした。櫻井よしこや所謂「DHC文化人」がこの先鞭を切り、それに共鳴したネトウヨの批判合戦が加速し、岸田退陣を求める異常事態が現在まで続いている。かつてネトウヨの論調は、まず最初に右派系言論人の論調に寄生し、それに乗じるパターンがほとんどであった。つまり、右派系論客が上流に位置する「親」で、ネトウヨが「子」であったが、現在では両者は完全に融合し、ネトウヨの趨勢を見て右派系論客が論調を決定する逆転現象が起こっている。ネトウヨの書き込みに忖度して自身の政治姿勢を決定する、好意的にいえばユーザー目線、悪く言えばコメントの反応で企画を決定するユーチューバーのようになっているのが現在の右派論客の実態である。

林芳正への禅譲運動は必至

 日和見気味と評される岸田だが、衆院選後は宏池会の面子を守るべく、安倍清和会(安倍派)との絶妙な距離感の構築に腐心している。岸田の唱える「新しい資本主義」は、成長と分配、新自由主義的傾向の是正という手垢のついたものだが、そもそもアベノミクスの量的緩和は完全に踏襲しているので、岸田の経済政策はアベノミクスの「完全否定」ほど過激なものではない。成長と分配、富の偏在の是正も、分類するとすれば古典的な修正資本主義というべきであり「新しい」と名を冠するほどの目新しさはない。修正資本主義とは、概してケインジアン的性格を言う。つまり小泉純一郎・森喜朗=清和会以前の、経世会による自民党支配時代に敷かれた政策に先祖返りしているだけである。にもかかわらず、時間がたっても高市の露出が目立たないために、すでにネトウヨ界隈はほぼ完全に岸田を見限っている状況だ。
『WiLL』『Hanada』を筆頭とする右派系月刊誌では、猛烈な岸田批判こそないものの、安倍を何度も呼び寄せ、櫻井よしこや百田尚樹との対談が目玉として掲載されている。その一節で、例えば櫻井よしこは、安倍に対し「現在でも安倍総理と呼ばせていただきます」と宣言し、菅や岸田を無かったことにしている。嫌なものは見ない、嫌なものは無かったことにする。ネトウヨ界隈は今や岸田の存在を黙殺し、安倍という「黄金の時代」への望郷の念を滾らせている一方で、目下の情勢では、岸田内閣の支持率はジワリと上昇している。

 今夏の参議院で岸田が勝てば、宏池会内閣はそのまま継続され、しかるべき時に林に禅譲される傾向がますます強まると考えるのは自然だ。こうなるとネトウヨ界隈はより反岸田になり、同じ自民党を敵と捕らえ、自民党内右派(清和会)を正統とする風潮が瀰漫するだろう。結局これも、90年代に経世会が天下を取った時代への右派界隈の先祖返りなのだが。ネット世論で圧倒的な支持を集める高市が仮に再度総裁選に立候補しても、安倍に往時の権勢がある訳ではなく、必ず林への禅譲機運が巻き起こるだろう。岸田もネトウヨも90年代に時計の針を戻しているという、奇妙な時間の逆行現象が永田町に吹き荒れている。
(敬称略)
......続きはZAITEN2022年3月号で。

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