2021/03/01

マーティン・ファクラーNYタイムズ元支局長が語る――

【特集・東京五輪】「新聞社が五輪スポンサー」は米国ではあり得ない!

カテゴリ:事件・社会

 私自身は東京五輪を専門に取材しているわけではありませんが、東京五輪を7月に何としても開催しようと思えば、できないことはないでしょう。

 ただし、無観客で選手だけ、または、日本国内の人だけが少人数で観戦するということであれば、可能かもしれませんが、海外の人たちが東京五輪のために大挙して来日するようなことは、どう考えても無理だと思います。7月の開催までに国民の大多数が新型コロナウイルスのワクチンを接種できている国は、米国と英国、そしてイスラエルくらいで、多分、日本でも間に合わないでしょう。

 五輪は世界が対象ですから、日本だけでできるものではない。そもそも経済効果を期待していたわけですが、チケット収入はなくるか、あるいは非常に減ってしまう。そうなると、唯一の収入はテレビ放映権。しかし、放映権料はIOC(国際五輪委員会)に入る仕組みになっています。

 もうひとつの問題は、選手が海外から本当にやって来るのかということ。昨年は早い段階で、カナダやオーストラリアが選手団を送ることを取り止めました。いくら日本が開催すると言っても、選手が来なければ、意味がない。
 仮に世界中から選手が来るとしても、選手や随行スタッフ、そしてメディア関係者たちをどのように滞在させるのかという問題もあります。さらに、国ごとに感染状況は異なりますから、各国の選手同士の接触の在り方も検討しなければなりません。

 いろんなハードルがあって、それをひとつずつ乗り越えていかなければならないし、仮に乗り越えらえたとしても、そんな不思議な五輪に意味があるのかとも思ってしまいます。

「当局」べったりの五輪報道

 ところが、日本のマスコミの五輪報道を見ていて思うのは、組織委員会や政府、東京都など、仮に「当局」と呼びますが、当局の言うことをそのまま伝えている印象が強い。逆に、当局から一歩距離をとって第三者の立場で「開催していいのか」「どんな開催が望ましいのか」など、自分たちで考えて分析して、結論を出すという報道はゼロとまでは言いませんが、非常に少なく思います。

 つまり、当局への依存度が強いのです。情報はすべて当局にあり、それを得るためにジャーナリストたちが当局に依存してしまっている。独自の取材で、当局とは別の情報源から情報を入手して、違う見解やストーリーを伝える報道が非常に少ないと感じます。

 10年前の東京電力福島第一原発事故の時もそうでしたが、同じパターンが繰り返されている。

 当局へのアクセスが、ジャーナリストたちがちゃんと仕事をしているかどうかの基準になっているのです。独自の取材をして、「実はこうなんですよ」「ここが大事で、こういう点に注意すべきですよ」といった読者のための情報提供よりも、誰が当局から一番情報を得られるか、誰が一番早く特ダネをもらうかが、ジャーナリストの仕事になっている。それは〝受け身〟のジャーナリズムです。

 五輪報道においても、国内のメディアが一番よく分かる立場にいるはずなのに、「本当に五輪は開催できるのか」といった大きな問い掛けをするのは、海外メディアが大半です。なぜ「ワシントン・ポスト」や「ニューヨーク・タイムズ」、英「タイムズ」などが先に報道することになるのか。

 しかし、日本のマスコミは「組織委は......」「政府は......」「東京都は......」と当局発表ばかりで、「本当に開催できるのか」という読者が一番求めている質問をしていません。いつも当局と近距離、すごく近い目線で見ている印象を受けてしまいます。

 世論調査では「中止・再延期」を約8割の日本人が求めていますが、福島第1原発事故の時と同様でしたが、メディアと読者のギャップが凄く開いている。特に大手新聞とNHKに言えることですが、まるで霞が関など当局の一部みたいになっています。それは、決して読者のためではないし、読者の質問には答えていない。

「信頼性」こそ唯一の財産

 また、東京五輪では読売、朝日、日経、毎日などの大手新聞がスポンサーになっていますが、少なくとも、米国の新聞ではそのようなことは考えられません。なぜなら、報道の中立性が維持できなくなってしまうからです。

 それにしても、新聞社が五輪スポンサーになっているのは、何やら「昭和」っぽいですね。戦後の暗い時代の中で明るく楽しいイベントを国を挙げて行おうというのは、分からなくもないけれど、今の時代のメディアには合わない。

 今の時代のメディアの役割は、国を持ち上げるのではなく、国民に情報を提供して、物事をどう見るべきか、どう考えるべきか、何が正しいのか、何がフェイクなのかを伝えることです。フェイクニュースの今の時代は特にそうで、メディアに問われているのは「信頼性」に他なりません。

 信頼を守るためには「読者のために報道している」という基本的なスタンスを示す必要があります。スポンサーになると、国のためなど、何か別の目的のために動いているように見えてしまう。

 現在は、ソーシャルメディアがここまで広がって情報に溢れている社会です。この中でメディアの役割が変わってきている。普通の国民は一つひとつのファクトを確認する時間も方法もありません。だから、どこか信頼できるメディアに頼って情報を得る。そのために読者は購読料を払っています。

 スポンサーになったり、記者クラブに代表されるように、当局に非常に近距離で仕事をすることによって、最終的に、自分たちのメディアとしての信頼性を毀損する可能性はとても高いのです。極端かもしれませんが、自殺行為と言えることではないでしょうか。

 自動車や電機メーカーとは違って、メディアはモノをつくっているわけではありません。メディアが扱うのは情報です。他の場所にある情報を集めて解釈して、真実に一番近いストーリーを組み立てるのが仕事。そして、読者がそのストーリーを信じるかどうか。信頼されていなければ、買われません。つまり、信頼がメディアにとっての唯一の財産なのです。

 日本の大手マスコミの東京五輪への関わりを見ていると、信頼性を失う危険性について、気づいていないように思えてなりません。

〈取材・構成=特集班〉

《マーティン・ファクラー氏経歴》
1966年、米国出身。ブルームバーグ、AP通信社で記者経験を重ね、同上海支局長。ウォール・ストリート・ジャーナル東京支局を経て2005年ニューヨーク・タイムズ東京支局記者、09~15年同東京支局長を務めた。

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