ZAITEN2022年04月号

【著者インタビュー】『消された水汚染』諸永裕司

カテゴリ:インタビュー

『消された水汚染「永遠の化学物質」PFOS・PFOAの死角』
平凡社新書/980+税

諸永裕司
もろなが・ゆうじ―1969年生まれ。93年、朝日新聞社入社。『週刊朝日』編集部、『AERA』編集部、社会部、特別報道部などを経て、現在はマーケティング戦略本部所属。著書に『葬られた夏 追跡・下山事件』、『ふたつの嘘 沖縄密約[1972-2010]』がある。

―本書を上梓したきっかけ、動機を教えてください。
 私は昨年春まで朝日新聞の特別報道部に籍を置き、3年がかりで東京・多摩地区の地下水などの汚染を追跡しました。  汚染の原因であるPFOSやPFOAは、有機フッ素化合物に分類される化学物質です。水も油も弾く利便性のためにフライパンや包装紙、防水スプレーなどの生活用品に使われてきましたが、構造上、自然環境の中でほぼ分解されず蓄積されることから、人体に対する有害性が指摘されています。ところが、ガンや潰瘍性大腸炎といった健康被害との因果関係に確たる証拠がないことを理由に、日本では長らく水質管理の基準が設けられてきませんでした。  しかし、私が取材を始めた2018年春の時点でアメリカでは社会問題になっており、沖縄の米軍嘉手納基地周辺でも汚染がたびたび報じられていました。ならば、横田基地のある東京でも汚れた水が広がっている可能性がある。地中に染み込み、地下水に残り、飲み水として人々の体内に取り込まれているのではないか。そう考えて、関係者や専門家、住人の方々を訪ね歩き、行政への情報公開請求を何度も重ねました。  結果として、横田基地近くの井戸から高濃度の有機フッ素化合物が検出されていたことなどを突き止めて報じました。ただ、新聞報道からはこぼれ落ちてしまう部分にも、問題の本質があるような気がしています。  例えば、情報開示請求に対する行政の閉鎖的な振る舞い、記録の軽視や隠蔽、血液に含まれる化学物質を測るバイオモニタリングや健康調査が進まないこと、あるいは米軍基地をめぐる国の責任放棄......。様々な要素が絡む全体図を伝えるため、一冊の本にまとめたいと思いました。

―水質汚染の現状はどうなっているのでしょう。
 東京・多摩地区にある一部の浄水場では19年以降、汚染された地下水からの取水を止めています。ただ取水を止めたとしても、住民たちはこれまで50年近く汚染された水を飲んできたと思われます。また、20年に厚生労働省が暫定目標値を設けて測定方法を統一するまで、実際の濃度は測定データより高かったと考えられます。  このため分解されず蓄積されやすいこの物質を人々がどれだけ体内に抱えているのかは分からないのです。にもかかわらず、住民への健康影響に関する調査は行われていません。

―執念の調査報道ですが、取材過程でぶつかった最大の壁は?
 行政の取材拒否や、黒塗りの公文書、公表されない調査結果、あるいは情報をの有無すら明かされない。そんな事態の連続でした。結局、「情報は市民のものである」という意識が行政側にないことが、最大の壁だと感じました。  官僚や役人は本来、税金を投じて行う調査や記録の管理を市民の代わりに担い、情報を一時的に預かっているに過ぎないのに、公開するかどうかを決める権限を握っていると勘違いしているようでした。私は何も国家機密を入手しようとしたわけではありません。市民の判断の前提となるデータや政策の決定過程についての情報が、行政の手によって閉ざされているのは非常にまずいと思います。  同時に問題なのは、行政側に責任や決定の「主体性」がないことです。例えば、調査結果の開示しない理由を尋ねても、判断の根拠を示さない。井戸から高濃度の汚染が判明しているにもかかわらず、行政権限が異なるからと住民に飲まないように呼びかけない。さらに、基地問題にからむと、日米地位協定が立ちはだかるためか、東京都、環境省、防衛省はいずれも真相解明に後ろ向きです。それぞれが責任や説明から逃げ合う形で「空白」が生まれ、問題が宙に浮いたままになってしまっているのです。  裏を返せば、私たちメディアがそんな状況を許してきたとも言えるでしょう。官僚や行政への批判は、自分達にも跳ね返ってくると痛感しました。「主体性」が問われるのは、現在の組織ジャーナリズムも同じではないでしょうか。

―ここ数年、ジャーナリズムは『週刊文春』の一強状態ですね。
 文春の記者たちは、市井の求める知られざる情報を提供し、立派な仕事をしていると思います。ただ、新聞社で週刊誌にも籍を置いた身からすれば、「文春一強」を許しているのは情けない。力のあるものと対峙するには、確かな証拠や裏付けといった「準備」と、風圧を受けることになっても報じるだけの「覚悟」の両方が必要です。  しかし現実には、「覚悟」がないためにお蔵入りになる記事は少なくない。SNSを含めた批判を恐れるあまり論争を敬遠する傾向があるように思えてなりません。  最近の国土交通省の統計不正問題は朝日新聞の見事なスクープですが、それでも「改ざん」ではなく「書き換え」と表現しています。役所が認めない限り「改ざん」とは書かないのでしょうか。  新聞でなければできない仕事、伝えることのできない情報は何か。記者自らが疑問を持ち、問題を探そうとするマインド、そして自由に取材できる環境が失われれば、ジャーナリズムはやせ細る一方だと危惧しています。

......続きはZAITEN4月号で。

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