2020年11月号

「オレはカス屋だ」――自己憐憫と陶酔に揺れる社長に社内は疲弊

三菱商事 垣内社長「異形の独裁」経営【5/13全文無料公開】

カテゴリ:企業・経済

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【2021年5月13日=編集部注】
「同業首位の絶対死守」を掲げ、ナンバーワン商社を標榜してきた三菱商事。しかし、2021年3月期決算は伊藤忠商事が5年ぶりに首位を奪還、片や三菱商事の最終利益は20年3月期比67.8%減の1725億円と、2位どころか4位に転落した。民放キー局で揶揄される「振り返ればMXテレビ」よろしく、過去最大の赤字に沈んだ住友商事の"上"という「振り返れば住商」の体たらくなのである。

三菱商事からすれば、この失態の理由を新型コロナウイルス禍に転嫁しているようだが、果たしてそうなのか――。すべての経営責任は、社長在任5年を迎えた垣内威彦に帰せられるのが筋であることは言うまでもない。コロナなど、その目くらましに過ぎないのだ。

そこで、本誌「ZAITEN」は垣内本人の責任を問うべく、20年11月号(同10月1日発売)掲載の特集レポートを特別に全文公開したい(長文ですが、お許しください)。本稿で描かれるのは、特異なパーソナリティを持った経営トップを戴く巨大企業の暗澹とその必然である。まさに「魚は頭から腐る」――。

なお、垣内率いる三菱商事について、本誌編集部は鋭意取材中です。関係者をはじめとしたみなさまの情報提供をお待ちしております。

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2016年3月期の初の赤字転落の衝撃の中で社長就任を余儀なくされた三菱商事の垣内威彦。「総合商社首位の絶対死守」を公約に掲げ、20年3月期も決算会計の妙手で、追い上げる伊藤忠商事を出し抜き、辛くも首位を守り切った。しかし、商事内部では、「飼料部門出身」を殊更に強調する、垣内の珍奇なパーソナリティに由来するとされる〝恐怖政治〟が横行。近臣を重用し、女性秘書ですら異例の栄達に浴する一方、役員までが「物言えば唇寒し」の体で垣内に戦慄する有り様という。新型コロナウイルス禍にも即応できず、21年3月期は首位防衛にも暗雲が垂れ込める。果たして「丸ノ内の紳士企業」で何が起こっているのか――。

「たった4年で会社はこんなに変わるものなのか」

 こう嘆くのは三菱商事OBだ。数年前に退職し現在は株主として古巣の行く末を注視する。近年、OBの間ではその変貌ぶりを懸念する声が高まっているという。

「たった4年」―。言うまでもなく、垣内威彦(65)が2016年4月に社長に就任して以降の4年間を指している。無論、OBだけではない。現役を覆う閉塞と疲弊は極限にまで達しているようだ。ある中堅幹部が打ち明ける。

「今や社内には明るい雰囲気はありません。垣内社長の独裁政治と垣内チルドレンのスーパー忖度。それに加えて業績の悪化。上から下まで真面目に働いている社員はかなり疲弊しています」  その証拠に、三菱商事の現今の社内状況を物語るデータがある。昨年8~9月に内外出向者や海外拠点を含む在籍者6000名近くに実施された「組織風土調査」。そのデータには、エリート集団であるはずの三菱商事社内の深刻な病理が浮き彫りにされていた。

「釈明メール」で隠された社内調査の〝不都合な真実〟

 三菱商事では社内風土の変遷を調べるため、09年度から社員に対してアンケート調査を実施。13年度からは中期経営計画に合わせて3年に1度実施している。「社員エンゲージメント」や「社員を活かす環境」「コンプライアンス」など16要素、項目は90以上、各項目を5段階(5非常にそう思う、4そう思う、3どちらとも言えない、2そう思わない、1全くそう思わない)で回答する。そして5と4を「肯定的」、3を「中立的」、2と1を「否定的」として、人事部と法務部が集計するのだという。

 調査結果が惨憺たるものだったのは、経済情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」の9月14日付記事〈三菱商事社長から全社員への「釈明メール」独自入手、軋むエリート集団〉のタイトルからも明白だろう。しかし、今年6月に垣内から全社員に送信された《変化への対応力を強化するために》と題した釈明メールでは、巧みに漂白された調査結果がある。

 まず、人事制度を問う〈配置や異動は適材適所で行われている〉の否定的回答が30ポイントと肯定的の29を上回り、〈評価制度は公平〉の設問についても否定的が28を記録。さらに〈意思決定の迅速性〉に至っては否定的が47、〈環境変化への柔軟な対応〉も35ポイントが否定的と、人事と組織運営の両面で、社員の評価が著しく低下しているのだ。

 そして、経営陣の信頼度を測る設問〈経営陣に対する信頼感〉については、肯定的55ポイントに対し中立的34、否定的11――。支持率50%超と言えるが、前出とは別の中堅幹部は、そこにこそ、垣内には触れられたくない不都合な真実が隠されているという。

「不支持はわずか1割程度に見えますが、肯定的回答は前回の16年調査より13ポイントもマイナスになっているのです。また、三菱商事と同様の組織風土調査を行っている好業績企業と比べると、20ポイント近くも低い。しかも、前回調査は垣内社長の就任直後で、前社長の小林(健)時代の最終評価と言うべきもの。毎晩銀座で飲み歩く姿に最後は社員も愛想を尽かしたと言われる小林会長ですが、当時の調査結果と比べても、垣内社長への信頼度は著しく低いと言わざるを得ないのです」

 こんな惨憺たる結果に、調査した人事部も慌てて火消しに動いたという。それでも放置できなかったのか、集計から半年以上を経た6月になってようやく発せられたのが、垣内自身による釈明メールだったというわけだ。しかし、これとて社員たちの不興を買っている。実際、社員たちは失笑を禁じ得なかったという。こんな文面が織り込まれていたからだ。

〈常日頃から皆で議論する折々に、深い洞察に基づく意見を、上下の分け隔てや無用の忖度なくお互いにぶつけ合い、十分に議論を重ねた上で、ひとたび結論が出れば、ノーサイドの精神で全員が一丸となって目標に向かい邁進する。これを重ねていくことが、将来にわたって、わが社が持続的に成長し社会に貢献し続けることに繋がると確信しています〉

「今の社内には、まさに垣内社長への『無用な忖度』が蔓延り、閉塞感に拍車をかけているし、『一度結論が出ればノーサイド』など絶対にあり得ない。少しでも何か上に意見すれば、人事で飛ばされるのがオチ。自分がやっていることは真逆なのに、よく言えるものだと思いました」(中堅社員)

 三菱商事と言えば、三菱重工業、三菱UFJ銀行と並ぶ「御三家」の一角。誰もが羨む高給・好待遇で、学生の就職ランキングでは常に上位という不動のイメージが先行する。そんな外面とは裏腹に、今や三菱商事は現役社員の多くが現経営陣に不信感を抱く状況に堕しているのだ。実際、垣内が社長に就任して以降、若手社員の離職率も上昇しているという。

社内は「自分と自分以外」
営業グループの権限縮小

 たった4年でトップ商社を豹変させた垣内経営の核心とは何なのか。三菱商事関係者から聞こえてくるのは、大きく分けて2つ。垣内が就任以来、事実上独断で進めてきた「組織改革」による社長への権力集中と、「復活・粛清人事」による恐怖支配の弊害だ。

 三菱商事は古くから事業部制を採用し、営業グループと呼ばれる対面業界別の実働組織が一定の自治権を持ち、それらを社長が束ねる形で運営されてきた。いわば、徳川時代の幕藩体制に似た形だ。

 ところが垣内は昨年4月から、それまで7つだった営業グループを10グループに組み替えるという大規模な組織改革を断行。例えば、金属グループ傘下の金属資源、金属資源トレーディングの両本部は組織改正で金属資源グループに、同じく傘下だった鉄鋼製品本部は炭素本部、機能素材本部とともに総合素材グループに入った。

 外部環境の変化や急速に進むデジタル化への対応を組織改正の理由に挙げているが、垣内の思惑は別にあり、「組み替えというと聞こえは良いが、詰まるところは、各組織のサイズダウン」というのが関係者のもっぱらの見方。いわば幕藩体制から、明治維新の廃藩置県で藩制が分解され、県令(知事)に置き換えられたのと似ている。分散によって部下の権限を縮小させることで力を削ぎ、逆に自らの権力を中央集権的に強化するが真の狙いというわけだ。

 極めつけは、前社長の小林時代には5人もいた副社長ポストを廃止したことだ。性質の異なる様々な事業の集合体である総合商社では、一人のトップが全事業をマネージメントすることは事実上不可能。三菱商事では、これまで5人の副社長が社長を多方面から支えることで、初めて全体を統括し、柔軟かつ円滑な経営を可能にしてきた。かつての佐々木幹夫社長時代の古川洽次、小島順彦時代の上野征夫(故人)らは、トップを支えた名副社長として知られる。

 だが今の三菱商事は、社長の下に16人の常務執行役員が横一線で並ぶ。さらに、取締役の職務執行を監視するという重要な役回りの監査役までもが、それまでの常任監査役と呼ばれた筆頭監査役を廃止し、2人の社内監査役が同列に並ぶ形に変わっている。 「垣内にすれば、三菱商事の中には、自分と自分以外しかいない。しかも、自分以外はすべて同列ということなのでしょう。組織改革からわずか1年余りで社長以外は平民という〝一君万民〟の体制が確立してしまった」(有力OB)

抜擢は自身との〝距離〟
異色の〝復活〟常務たち

「組織改革」がハード面での権力強化とすれば、「復活・粛清人事」の乱発はソフト面での人心掌握と言える。とりわけ、三菱商事関係者の間で語り草となりつつあるのは、18、19年春の人事異動だ。内情を知る社員にとって、特に常務昇格、グループCEO(最高経営責任者)人事は驚きの連続だったという。抜擢された人物の中に、首を傾げざる得ない者たちが目立ったからに他ならないからだ。そんな「垣内チルドレン」について関係者の話を総合すると―。

 垣内と同じ旧生活産業グループ出身で常務の三枝則生は、10年程前までは課長でさえなかったが、垣内がグループCEOに就任した13年以降、驚異的なスピード出世を遂げ、昨年には後身の食品産業グループCEOにまで昇進。個人的にも関係が近く、「食品出身者」を重用する垣内チルドレンの代表的人物というが、〝上司には媚び諂い、部下には厳しい〟タイプで、隷下の社員たちの士気を大いに低下させているのだとか。

 理事から1年で執行役員、さらに1年で常務に昇格した産業インフラグループCEOの松永愛一郎も、異色の出世組。ブラジル駐在時代に視察に訪れた垣内を社内接待で大いにもてなしての栄達だったと噂される上、垣内と同じ「京大卒」も有利に働いたらしい。

 ドバイから帰国し、常務に抜擢された中西勝也も垣内チルドレンの一人だ。通例の昇格年齢の上限を超えての執行役員就任で、持ち前の大阪人らしさで垣内に取り入り、電力ソリューショングループCEOに就任。今では後継社長候補の一人と目されている......。

 この他の役員たちも垣内印で染め上げられているというが、垣内人事のキーワードは「食品」「学閥(京大卒)」「出身地(関西)」なのだという。さらに関係者によると、垣内は常務昇格者を一堂に集め、「これまで評価できなかった上司がアホ」とかつての先輩をこき下ろした上、「お前たちを取り立ててやったのはこのオレ」と恩を売っているらしい。冷遇されてきた者をあえて昇格させ、売った恩で絶対服従を誓わせるのが復活人事の狙いということなのか。

 この他、CFO(最高財務責任者)の増一行、CDO(最高デジタル責任者)の村越晃の2常務は垣内の最側近だが、いずれも垣内と同じ生活産業グループ出身だ。

 総合商社首位の体面を守ることに全身全霊腐心しているという増は、垣内がグループCEO時代に忠誠を誓った管理(経理)部長。16年、垣内の社長就任と同時に常務に昇格しCFOに。主計畑で本社内の異動を繰り返していて、事業投資先などでの現場経験はない。それゆえ、自分の経歴に対するコンプレックスが強いのか、秘密主義で知られるという。

 一方の村越は、タイで腐っていたところを垣内の復活人事で引き上げられ、会社の中枢である人事部門を掌握。加えて今年4月には空席となったCDOや地域戦略をも担当。垣内の指示で粛清人事を主導する張本人で、これまでの60歳定年以降の再雇用を廃止するなど、「人生百年時代」に逆行する人事制度の導入に奔走した。先の釈明メールでの窓口役でもある。

〝女性秘書〟厚遇に怨嗟の声
不祥事では部下に責任転嫁

 人事における垣内の〝暴走〟は役員にとどまらない。中でも悪評高いのが、長く垣内の秘書を務めてきた40代の女性の存在だ。

 上智大卒で一般職出身の彼女は、垣内の常務時代から秘書として仕えてきた側近中の側近。垣内が社長就任時の16年に生活産業グループCEOの秘書から社長事務秘書として異動、翌年には女性初の「業務秘書」に昇格した。三菱商事では会長、社長に業務と事務の秘書が配置されるが、管理職である業務秘書はこれまで男性が担ってきた。慣例を破ってまで引き上げるほど垣内は信頼しているようで、出張やパーティーへの随行を許す寵愛ぶりだったという。

「社長の威光をバックに持つ彼女の横暴ぶりは社内では有名な話。なんでも、役員に並んで経営会議にも参加していたようです。実際に、彼女の〝事前審査〟なくしては社長との面会も叶わない有り様で、常務陣までが彼女には頭が上がらない〝影の権力者〟。挙げ句の果てには『この世で社長が耳を貸す唯一の人間』とまで言われ、社員の間ではトランプ米大統領の娘に準えて『イヴァンカ』の隠語で呼ばれています」(現役社員)

 この業務秘書はその後、昨年の新人事制度で新設された上級職階群「高度経営職」に昇格。三菱商事には海外でMBA(経営学修士)を取得する総合職の女性社員も少なくないが、垣内の秘書を務める以外に目立った実績のない一般職の彼女を昇格させたことに対する社内の反響は凄まじかったという。関係者によると、昇格には役員クラスからの反対の声も少なくなかったが、垣内の鶴の一声で掻き消されてしまった。しかし、強引な人事手法は男性総合職も大いに失望させたようで、さすがの垣内も考え直したのか、今年の人事で彼女をユニットマネージャー(部長)として古巣に異動させた。

 一方、能力や実績に関わらず、かつて小林会長に近かった者や垣内に直言した者は次々と粛清されていった。小林社長時代に人事や広報を取り仕切った常務の廣田康人は、垣内の社長就任早々に関西支社長へと追いやられた末に任期途中で退職。また、垣内に意見したという常務の吉田真也は昨年、関西支社長に飛ばされ、代わりに管理部門出身で関西支社長だった常務の鴨脚光眞が本社に復帰、複合都市開発グループCEOに返り咲くという、これまた「異例の人事」(関係者)が断行された。

 さらに今年、デジタル戦略とポートフォリオ戦略の二大柱を任された常務の高岡英則が、たった1年で米国に異動。垣内が主張する通信キャリアへの資本参加に異を唱えるなど、かねてより垣内との確執が噂されていた人物だけに「想定内」との声もあるが、さすがに1年での交代には周囲も驚きを隠せなかったようだ。

 社長として全分野にわたって君臨する垣内だが、近年では「うまくいけば社長の功績、失敗すれば部下の責任」という社内評が定着しているという。その一例が、昨年に原油・石油製品の売買取引事業を手掛けるシンガポール子会社で起きた巨額損失事件だ。

 元社員が社内規定に反して原油デリバティブ(派生商品)取引をし、約345億円の巨額損失を計上した不祥事。厳しい緘口令が敷かれて詳細は不明ながら、石油・化学グループ社員が厳罰に処されたほか、子会社は解散。垣内自身は何ら責任を取らなかったばかりか、役員会では担当役員を怒鳴りつける場面もあったという。

「元はと言えば、功を焦った垣内社長の失策。通常よりも早い人事異動を強行したため、責任者不在の空白期間ができてしまったようです。事件はその隙間を突かれた格好でしたが、結局、営業部門の責任とされた。コーポレート部門の一方的な責任の押し付けに、他の営業部門も含めて相当な反発の声が上がりました」(中堅幹部)  そんな垣内の恐怖支配に役員たちも慄き、社長に意見具申をする際には、誰か一人が睨まれないよう、役員間での事前談合が必須となっているほどだという。

「カス出身」の自己憐憫と「自分は天才」の自己陶酔

 そもそも、「公家」「紳士」などと言われる三菱商事で、垣内のような独裁者が誕生したのはなぜなのか。背景には、かつては総合商社の主力部門だった「資源系」が衰退し、「非資源系」へとシフトしていった大きな時代的潮流がある。現在、業界が力を注ぐデジタル技術で産業を変革する産業DX(デジタルトランスフォーメーション)などが代表的な分野だ。

 三菱商事では佐々木幹夫、小島順彦、前社長の小林と3代18年続けてかつての花形部門である機械、船舶出身者が長く社長を務めてきた。垣内が社長に就任した16年は、資源価格の暴落で創業以来初の赤字に転落し、総合商社の利益首位から陥落した年。代わって首位に躍り出たのは、非資源部門が好調の伊藤忠商事だった。

「食料部門のエース」として垣内が新社長に就任したのは、ある意味、自然な流れとも言える。しかし、三菱商事の今の惨状を見るにつけ、垣内にはトップの資質が決定的に欠けていると言わざるを得ない。何より、OBも含めた関係者が口を揃えるのは、三菱商事社長に相応しくない傲岸不遜なパーソナリティーである。ある現役幹部は次のように指摘する。

「自らを『カス出身』(家畜用飼料を取り扱う部局出身)と呼んで憚らない垣内は、裏を返せばコンプレックスの塊。『大豆粕から社長に上り詰めた』というのが口癖。一方で垣内は〝天才〟を自称し、海外出張などの宴席では、ほろ酔い気分も手伝ってか、『オレのような天才はいない』と豪語しているそうです。実際、絶対服従の側近衆で周囲を固め、先輩や外部の意見には一切耳を貸さないし、会議では毎回延々と演説が続く。『自分以外はすべてバカ』というのが垣内の世界観なのです」

 垣内の不遜は社外にも及び、こんなエピソードもあったという。

「重要取引先の名門企業との懇親会でのこと。その企業の新社長が出席する中、両社幹部たちを前にスピーチに立った垣内社長は、『社長業については私の方が先輩。困ったことがあったら教えてあげましょう』などと発言。周囲が凍り付いたのは言うまでもありません」(業界関係者)

 別の現役幹部によると、中小・零細企業が多い食品業界畑を歩いた垣内は、エスタブリッシュメントに強い憧れを持つ。社長就任当初より、卸売業から「事業経営」への脱皮を標榜する垣内は、三菱商事自体が電力会社や通信会社になって国策にも関わりたいという野望を滾らせているらしい。

「社長就任直後から、垣内は電力事業の責任者を呼んで『いつまで電力会社に頭を下げているんだ』と怒鳴り、電力会社を買収するよう発破をかけていました。電力会社の顧客基盤を手中に収め、自社のB2Cビジネスを一気に拡大、さらに発電事業にも参画するという思惑。通信分野ではNTTコミュニケーションズと提携しましたが、IT技術を駆使した合理化は建前に過ぎず、三菱商事がつくる新しい仕組みの中で個人客を多く抱える流通業界を束ね、牛耳るのが狙いです」(別の現役幹部)

 実際、垣内の社外の評判は芳しくない。特に、株価が低迷し、今年6月に時価総額で伊藤忠に逆転されたのを契機に、アナリストや投資家からは説明責任を果たさない垣内への不満が高まっている。
「社長就任後、垣内氏はIR(投資家向け広報)活動を大幅に縮小した上、小林社長時代に行われていた国内アナリストとの定期会合も止めてしまった。英語が不得手な垣内氏は海外投資家への訪問回数も減らしている。小林社長時代の説明会は、三菱商事の考えを直接知ることができると好評でしたが、垣内氏には市場関係者の声を聞こうという姿勢すらないようです」(市場関係者)

 三菱商事の20年3月期決算は、連結純利益が前期比9%減の5353億円。猛追する伊藤忠は前期比微増の5013億円となり、4期連続で過去最高を更新している。辛うじて利益首位を守った三菱商事だが、「過去の損失に関連する繰延税金資産約700億円を上乗せした空虚な内容。税引き前利益ではすでに伊藤忠が上回っている」(アナリスト)。

 そして8月、三菱商事は未定としていた21年3月期の連結純利益が前期比63%減の2000億円になる見通しと発表した。コロナ禍による経済活動の停滞で資源価格が低迷した影響をもろに受けた格好だ。コロナ前の18年に発表された「中期経営戦略2021」で9000億円とされた目標利益には遠く及ばないのはもちろん、伊藤忠が見込む4000億円の半分。社内では、若手を中心に「コロナのせいにするな。立て直せないのなら、トップが責任をとれ」との声が広がっているという。

 今、三菱商事の社員の間では、密かに「あと2年」が合言葉になっているらしい。社長任期6年が慣例の三菱商事では、あと2年我慢すれば社長が交代するという意味だ。しかし、会長に退いても、垣内支配が続くのではと危惧する向きもあり、「現体制はあと8年続く」という悲観的見方もある。とはいえ、純利益での2位陥落の足音が聞こえる中、垣内による三菱商事の暗黒劇場は、すでに佳境に入りつつある。

(敬称略、肩書他は掲載当時のもの。掲出の垣内社長写真は三菱商事資料より)

【2020年11月号掲載、2021年5月13日全文公開】

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