2021年05月号

リュープリン使用患者への“お詫び文書”を拒む本当の理由

武田薬品が恐れる「ドル箱抗がん剤欠品」患者訴訟【6/4無料公開】

カテゴリ:企業・経済

新型コロナウイルス禍を巡って、なぜ日本の製薬会社はワクチン、そして特効薬を開発することがでいないのか――こんな疑問を持つ方も少なくないのではないか。その疑問を解く手がかりになるのが、我が国製薬のトップ企業、武田薬品工業の惨状である。

外国人経営者のもと、大型買収に血道を上げた結果、国内の優良資産は"切り売り"され、しかも、ドル箱の抗がん剤は米FDA(食品医薬品局)の査察で製造が事実上ストップする異常事態に陥っている。

そこで本誌「ZAITEN」2021年5月号(同4月1日発売)掲載の記事を以下に無料公開する。6月末に控える武田薬品の株主総会でも是非とも追及するべきテーマと考えるが、どうだろうか......。

なお、武田薬品について、本誌では以下の特集レポートも掲載しています。
武田薬品「そして、誰もいなくなる」

切り売りの果て、もはや目ぼしい資産が枯渇しそうな勢いの武田薬品。プロパー取締役の岩崎真人は国内事業担当から外される中、昨夏から続くドル箱抗がん剤「リュープリン」の欠品問題は......。

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岩崎真人取締役(写真は武田薬品公式サイトより)

 3月末、武田薬品工業でプロパーただ一人の取締役、岩崎真人が国内事業(JPBU)の責任者から外された。2012年に医薬営業本部長に就いた岩崎だが、近年の武田の国内事業は受難が続く。

 18年にはモルヒネなど注射用麻薬製剤の回収騒ぎ、昨年6月にはFDA(米食品医薬品局)から抗がん剤「リュープリン」の生産工程の不具合に対する警告を受け、医療現場では今も欠品が続く。さらに翌7月には後発薬合弁会社、武田テバファーマの主力工場並びに大部分の販売品目を日医工に譲渡と、岩崎はまさに満身創痍の末に"お払い箱"となった。

 それでも役員報酬は2億9700万円(20年3月期)なのだから、本人は御の字だろう。片や社長CEO(最高経営責任者)のクリストフ・ウェバーは20億7300万円(同)。中堅幹部は「役員たちは超高額報酬を得ながら、株価はピーク時の半値」と憤る。

 時価総額は第一三共に抜かれ、中外製薬には7000億円近くも水を開けられている。しかも1月には、一時的とはいえ、00年創業で製薬会社マーケティング支援のエムスリーにまで抜かれてしまった。そんな中、6月の株主総会に向けて何としても株価を維持・上昇させたい経営陣は、なりふり構わずの手段に打って出ている。

 3月、19年5月にUBS証券アナリストから鳴り物入りで招聘したIR(投資家向け広報)担当の関篤史をシンガポールに異動。それに先立つ1月には株価対策として、従業員持株会への会社からの奨励金(補助率)を最低3%から最大20%に引き上げた。ところが、これほど好条件でも「従業員の半分しか持株会に入ろうとしない」(前出中堅幹部)というのである。

"商売道具"まで売却

 そんな社員の不信も、業績の内実を見れば頷ける。昨年12月、ウェバーは武田の今後の重点領域として①オンコロジー(がん)、②希少疾患、③神経精神疾患、④消化器疾患、⑤血漿分画製剤を掲げ、これらを牽引役にして31年3月期までに売上高5兆円(対21年3月期予想比1・5倍)を達成するとブチ上げた。ところが、その2カ月後に発表した20年4~12月期決算の売上高は前年同期比で919億円(3・6%減)の減収。そんな中での救いは、④消化器疾患領域で3193億円を売り上げたブロックバスター「エンティビオ」の好調ぶり。しかし、同薬の欧米での特許は24~26年にかけて切れてしまうというのだ。

 一方、武田が資産売却を続けているのは周知の通り。昨年8月には「アリナミン」などの大衆薬部門を米投資ファンドのブラックストーンに2420億円で売却。3月末にはアリナミン製薬に社名変更した。さらに2月には、「ネシーナ錠」など4つの糖尿病治療薬を1330億円で帝人ファーマに売却することを発表。この状況を財務部門幹部は次のように語る。

「まだ10年近く特許が残る"カネのなる木"を売り払うほど、今は現金が必要ということ。資産はあらかた売却してしまったが、金利の支払いや配当に充てているので、借金の元本がなかなか減らない。それでついに"商売道具"にまで手を付けている有り様」

15年米国訴訟の"悪夢"

 そして、武田社員たちが何より恐れているのが、先に触れた「リュープリンの欠品問題」だ。

 本誌20年8月号で報じた武田のドル箱抗がん剤、リュープリンの製造工程の改善は遅々として進まず、3月現在も品不足が続く。結果、多くの患者が投与中止や、他の薬剤への変更を余儀なくされている。本来ならば、患者に欠品の状況を知らせるのが製薬会社の務めだが、武田はそれを遮二無二回避しようしているというのだ。

 実際、現場の医師たちから「武田から患者向けのお詫び文書を出して欲しい」との要望がMR(医薬情報担当者)に寄せられているのだが、すべて拒否されている。

 責任者であるJPBUの医薬営業本部長、大中康博は「患者にリュープリンの欠品のことが伝わって訴訟などが起きると、武田の経営そのものが立ち行かなくなり、新薬の開発すらできなくなる。そうなると、延いては患者の不利益につながる」との論法で、患者向けのお詫び文書を求める社内の声を何とか封じ込めているという。

 身勝手な言い分だが、大中の危惧もあながち的外れとは言えないようだ。「大中には14年当時、武田が米国で発売していた糖尿病治療薬『アクトス』の情報開示を巡って米ルイジアナ州の連邦裁判所から60億ドルの支払い命令を受けたことが念頭にある」と語るのはある幹部。最終的に24億ドルで和解したが、15年3月期、武田は上場以来初の赤字決算に陥った。

「訴訟の発端は、アクトスを服用すると膀胱がんが発症しやすくなるとのデータが海外で発表されたことだが、詳しい調査で、そんなことはないという結論が出た。しかし、焦点は『アクトスの服用で、膀胱がんが増えるかもしれないという情報を服用中の患者に開示しなかった』点だった」(同)

 そのため原告は、アクトスを服用しながら、膀胱がんが増えるかもしれないという情報を武田から開示されなかった患者。つまり、がん発症など、直接不利益を被ったわけではない患者たちだった。

「一方、リュープリンの欠品では数万人の前立腺がん、乳がんの患者が最適な医療を受けられず、本来必要のないコストとリスクを背負わされている。もし裁判になれば、アクトス以上に和解金を払うことにもなりかねない」(同)

 その兆候はすでにある。武田は昨年11月、米国の販売提携先から、リュープリンの供給契約を履行しなかったとしてデラウェア州の裁判所に訴えられているのだ。

 そもそもリュープリン欠品は、苛烈なリストラで生産現場が立ち行かなくなったことが原因であることは、本誌が再三指摘してきた通り。当の武田広報は欠品の情報開示について、大中の指示を否定。ただ、患者には担当医などから説明するのが〈最善であると考える〉との回答を繰り返した。

 ところで、冒頭の岩崎はというと、今後も取締役として残留し国内のブランド強化に勤しむのだという。そんな中、武田が共同開発を主導し、世の期待を集める新型コロナウイルス治療薬を巡って、こんなことを言っているらしい。

「(治療薬は)まったく儲かりません! 武田としての社会貢献ですよ! 社会貢献!」

 なお、武田広報もこの発言を否定せず、治療薬は〈すべて無償提供される予定〉と回答した。

 シャイアー買収で財務が揺らぐ中、仮にリュープリン欠品で患者に多額の和解金を支払う羽目にでもなれば、今度こそ武田の命脈は断たれかねない。しかし、岩崎の放言を聞く限り、経営陣の心中は「後は野となれ山となれ」といったところなのだろう。(敬称略、肩書等は掲載当時)

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